中原中也、宮沢賢治、中島敦、夏目漱石に太宰治。
この錚々たる文豪の氏名を見てどう思いますかねぇ、、、?

私は最近、こんな事を感じているのです。
雲の上の人だけど、雲の上の人じゃなかったんだなぁ、と。
昔は、その時代にはちゃんと地に足をつけて生きていたんだなぁ、と。

なんだか信じられないのです。
国木田独歩に武蔵野という小説がありますが、この舞台は私の家の近くです。
まぁ近くといっても電車は必要なのですが。

小説の舞台に限った事ではありません。
新撰組みが活躍していた所も、放課後に調べて帰ってこれる距離にあります。
3億円事件が起こった道も、車で1時間とかかりません。

偉大な文豪が、大きな事件が起こったという事は大抵教科書で習います。
どうしても昔の事、という印象が強いです。
中原中也は文豪の中で(詩人は文豪じゃないですね↓)一番好きです。
ですが、どうしても雲の上の存在で、遠い存在です。
何度も読み返して、学年で一番詳しいゾ☆って自信があるのに遠いです。
90年以上も前に山口県で生まれて、
私と同じ人間として、
私と同じように生きていて、
私が今手にすることが出来る詩を書いていた、、、。
そんな当たり前のことが信じられないのです。
写真はいくらか残っているようです。
私も5,6種類見たことがあります。

いたんですよね、確かにこの世に。
そしてもうすぐ生誕100年を迎えようとしているのです。
きっと、同じ空だって見ているはずです。
きっと、木を介して、同じ空気も吸っているはずです。

また詩集を呼んでみようと思います。
文豪の作品も読んで、
新撰組の跡もたずねて、
3億円事件の現場にも足を運びたいです。
違った解釈を、より人間味(?)を感じたいです。

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